●マンガの2015年とはなんだったのか?

 ORICON発表の2015年「コミック作品別ランキング」によれば、単行本売上部数の第1位は昨年に続いて『ONE PIECE』(尾田栄一郎)。予想どおりというか、ほかのヒット作を引き離して不動の一位をキープしている。以下10位まで『七つの大罪』(鈴木央)、『進撃の巨人』(諫山創)、『暗殺教室』(松井優征)、『キングダム』(原泰久)、『ハイキュー!!』(古舘春一)、『食戟のソーマ』(附田祐斗/佐伯俊)、『テラフォーマーズ』(貴家悠/橘賢一)、『監獄学園』(川本アキラ)、『東京喰種 トーキョーグール:re』(石田スイ)と続くのだが、順位にどこか既視感を感じるのは、10作品中の7作品が2014年の「コミック作品別ランキング」とかぶるためだろう。そういう意味では『進撃の巨人』ブームの余波がまだ残る一方、連載終了した『NARUTO -ナルト-』(岸本斉史)に替わって『七つの大罪』と『キングダム』が大きく躍進した以外に大きな変化はなく、売上部数から見る限りマンガ出版業界の2015年は、前年以上の動きはなかったと言えそうだ。

 しかし、見る角度を変えれば波風が立たなかったわけではもちろんなく、「デジタルコンテンツ白書2015」(デジタルコンテンツ協会刊)によれば”下げ止まらないマンガ雑誌の部数減”、そして”大手出版社による、マンガ雑誌デジタル化の推進”などが2015年の特徴として挙げられている。伝えられるWebコミックの活況にしても、それが新しい読書スタイルとして浸透する一方で、収益からいえば出版社の屋台骨を支えるにはまだまだという状況だ。マンガ読者の中心である子供世代が少子化の波にさらされつつある今、そんな2015年の状況が現状維持の延長だったのか、それとも変化の兆しが現れつつあるのか、あるいは衰退の始まりであったのか?そのことをもっと掘り下げて考えてみたいと思う。

●デジタルコンテンツ化する、マンガの現在(いま)

 まず2015年に限らず、マンガ雑誌とマンガ単行本の総売上げが減少に転じた1990年代半ばからの20年を俯瞰してみるなら、雑誌はマンガに限らず全体が部数を減らし続けている。その根底には他国と異なり、単行本と半々になるまで雑誌の収入に依存してしまった日本の出版界の構造的な問題があり、加えて景気の停滞が続くなかで、安価な娯楽であったはずのマンガ雑誌にすら、読者の手が届きにくくなったことがあるだろう。さらにマンガ雑誌自体に、定価に見合うだけ”面白い”と思える掲載作品が減っているとも指摘されるが、それ以上に深刻なダメージとなったのは同じ20年に重なる、パソコンや携帯電話、タブレットといったデジタルツールの普及と、インターネットに代表される電子環境の拡充であった。

 電子環境を通してインタラクティブな情報交換が可能なデジタルツールは、大人も子供もユーザーに取り込み、作品を読者が”読むだけ”という、一方通行のメディアであるマンガに対して圧倒的に優位に立った。しかも情報からゲームまで、無料(ばかりではないが)でコンテンツを提供してくれるデジタルツールは、マンガを紙媒体から切り離し、Webコミックという形でそのなかに取り込んでさえしまっている。つまり”マンガ=紙媒体に印刷されたコマ絵形式の物語”というイメージで”モノ”として認識されていたマンガは、デジタルツールにおいてそれを媒体とする”情報”へと還元されてしまったのだ。

 しかし情報へと還元されたことによって、ネット上でのマンガの活用に大きな可能性が開けたこともまた事実である。可能性の一つはデジタルツールに見合ったメディアとなることを目的に、マンガの新たなスタイルの模索が始まったということであり、すでに”縦スクロールによって上から下に読み進んでいく”スタイルのマンガがネット上で誕生している。そしてもう一つの可能性は、そのようなスタイルのマンガも含めた新作・旧作をネットを通して配信するという、新たな流通の道が開けたことである。作家〜出版社〜印刷所〜取次会社〜書店〜読者と連なるこれまでの紙媒体の流通システムに対して、作家から読者に直接作品を届けることも可能なシステムが成立したことは、まさしくマンガにとっての流通革命といっていいだろう。

 そこからネットを通して公開されるWebコミックが出現し、一方でデジタル化されたマンガの旧作・新作を有料で配信する新たなビジネスモデルが形成されたことは説明するまでもないが、2015年にはそういう電子配信によるマンガの売上げが、マンガ雑誌の売上げを抜くとさえ推定されている。それでもマンガ雑誌とマンガ単行本の売上合計は(2014年の時点で)その3.5倍もあり、売上げがそのまま出版社の収益になるわけではないのも当然のこと。だからこそマンガの電子販売が好調であっても、手放しで喜べなかったということになるのだが、それなら2015年が単なる現状維持の年であったのかといえば、こちらも必ずしもそうではない。

●「マンガ図書館Z」と「マンガボックス」から見えてくるもの

 ネットでは作者が無料公開する作品の増加や、海賊版の横行によって、一方で”マンガは無料で読めるもの”という意識もユーザーの間に広がっている。そのためマンガを有料配信する側では安価で提供したり、呼び水とするために一部の作品を無料配信したりということを行ってきた。そういう試行錯誤のなかで生まれてきたのが、マンガの配信や公開を無料で行いながら運営を維持するビジネスモデルであり、2010年に公開されたWebサイト「マンガ図書館Z」と2013年から配信された閲覧・購読アプリ「マンガボックス」がそれぞれ発展し、定着したともいえるのが2015年であった。

 その戦略を見てみると、”絶版となった旧作を広告付きで無料配信する”「マンガ図書館Z」は、作品を提供する作家と閲覧(あるいは購入)する読者の双方にメリットをもたらすことで、これまでに蓄積された膨大な量のまんが作品の再活用に道を開きつつある。これは”収益に結びつかない作品の復刻は行わない”既存の出版社にはなしえないことであり、マンガを商品としてよりも文化とみなし、あらゆる読者がその恩恵に預かれるようにする試みと考えていいだろう。つまりはマンガ文化の底上げであり、過去の作品が再評価されれば、再商品化された旧作が新たな読者を開拓することも期待できよう。

 対して”無料配信する新作をさらに単行本化し、その売上げで経営を行う”「マンガボックス」は、ビジネスモデルとしては目新しいものではないが、プロ作家による高品質の作品を毎週連載の形で読めるようにしたことで、多くのユーザーの支持を得てブランド化に成功した。単行本化された配信作品をコンスタントに販売する道筋も付け、採算の取れるWebコミックマガジンのスタンダードとなりつつある。ありていに言えば、読者獲得にもっとも成功したWebコミックマガジン(の一つ)ということになるわけだが、この”作品の無料配信と平行して過去・現在の作品の有料配信も行う”スタイルの確立が大手出版社にすら影響を与え、同様のスタイルの出版社サイトの開設をうながしたことも忘れてはならないだろう。紙媒体のマンガを”販売”して成り立ってきた既存の出版社にしてみれば、ユーザー獲得のためとはいえ(一部作品の)無料配信に踏み切るということ自体が、大きな方向転換であったはずなのだから。

 そして「マンガ図書館Z」も「マンガボックス」も、作品の無料閲覧を行いながら性格は異なるものの、もう一つ、セリフを英語や中国語の”翻訳版”で読めるという点において共通している。これは世界中に配信できるネットの利点を活かし、日本人以外の閲覧も見越して加えられたオプションだが、今後の少子化を見越して海外に販路を求める、大手出版社の方向性とも実は一致していることを見逃してはならない。

 歯止めの掛からない少子化によって日本の人口減が避けられないなら、当然マンガの読者も減り続けるということで、その局面から見る限りどうあがいても”ゆるやかな衰退”を食い止めることは出来ない。だが読者ターゲットを日本から海外に広げ、各国語に翻訳した作品を日本と同時に配信できるシステムが構築できれば、この出版界(だけではないが)最大の危機に対抗することも可能になるかもしれない。「マンガ図書館Z」と「マンガボックス」の健闘に代表される、このようなデジタルコンテンツへのマンガの移行は、そこまで見据えることで初めて”今マンガに何が起きているか”が見えてくるのではないだろうか。

 2015年とはそのような変化の兆しがゆるやかに表れる様を、大きなスパンの中にしっかりと刻みつけていった年だったのかもしれない。

霜月たかなか