●コンピューターグラフィックスとアニメーション(2)

◯デジタル映像の時代

 今では想像することが難しいが、『トロン』(1982)など初期のCG映像は、コンピューターのブラウン管表示を1コマずつフィルムで撮影して記録されていた。(※1

 1999年公開の『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス 』で、映画本編の撮影に、はじめて全面的にデジタルビデオシステムが使用された。(※2)すでにこの数年前から、家庭用デジタルビデオ規格「DV」の登場で、小予算映画の一部はビデオ撮影のものも登場していた。それを追うように、35mmフィルムで行われていたメジャー映画の撮影も、これ以降急速にデジタル化が進んで行く。

 それからもうすぐ20年、私達の見る映像のほぼすべてがデジタルデータになった。映像のデジタル化は、ここ数年の映画劇場のデジタルプロジェクター化によって、入り口から出口まで遂に完了したと言えるだろう。今でも「film」という単語は映画作品を指すが、それがフィルムに記録されることは稀である。映画フィルムもビデオテープも、言葉だけが残って「デジタル」に置き換えられた。

 コンピューターの進化とそれに伴う映像のデジタル化は、画像加工や合成、そしてCGといった、自由度が高く多彩な映像表現を、ローコストかつ高品質で作ることを可能にした。

◯写真の様なCG

 ここで少し個人的な体験を語らせていただこう。私が学生時代に自主映画を撮り始めた1980年代末、個人映画の主流はまだ8mmフィルムであった。使える特殊効果と言えば、コマ撮り、シンプルな多重露光、針でフィルムに直接キズをつけて稲妻やレーザー光線らしきものを書き込む程度。当然、コンピューター・グラフィックスなどは夢のまた夢である。

 その後、家庭用ビデオカメラが急速に普及する。大学を卒業した私はビデオ制作の仕事につき、趣味半分・仕事半分でCG作品を作り始めた。1994年だったと思う。当時、パーソナル・コンピューターの進歩と普及で、膨大な計算が必要なレイ・トレーシング法(※3)がなんとか使えるようになりつつあり、照明や質感を注意深く設定すれば、写真の様な画像を得ることも可能であった。今見れば笑ってしまうほどシンプルなものだったが、『ジュラシック・パーク』(1993)の様な複雑な映像は無理でも、『ルクソーJr.』(1986)なら、なんとかなるかもしれない気がしていた。CGの一般化と同時に、パソコン上での動画再生・編集も急速に進歩しつつあり、「使える」レベルになった。ほんの数年で、フィルムからビデオ、さらにはCG/デジタル・ビデオまでの変化を一気に体験できたことは幸運だったと思う。

 テレビCMや映画では3DCGが普及しつつあり、私が作っていたものよりもはるかに複雑な映像が次々作られており、こちらもまさに日進月歩。時折、友人たちと、今見ているテレビCMの商品や自動車が、実写かCGかで議論になった。CGの進歩によってそれが実写と見分けがつかなくなり、自分たちが騙されている事に興奮した。

 やがて2000年頃になると、実写のように見えるCGはすっかり当たり前になった。テレビCMを見ても、もはやそれがCGであるかどうかを気にすることは稀である。極端に言えば、私たちはいつの間にか、映像に映っているものが実在なのか虚構なのかを意識しなくなった。(逆に、実写映像を見ても、それが模造・加工されたものであるかもしれないという疑いを常に抱いてもいる。)改めて考えると、これはなかなか重大なことに思える。

◯カメラと被写体

 かつては、映像として見えるものはすべて、カメラで撮影されたものであった。アニメーションも、紙やセル(透明シート)に描かれた「絵」として実在するものを撮影した「写真」を連続して表示するものだ。1コマずつ撮影しているから分類としては「アニメーション」であるが、その行為から考えればある意味「実写」映画であるとも言えるかも知れない。(「撮影をしない映画」として、フィルムに直接絵を描く「フィルム・ペインティング」、キズをつけてアニメーションを制作する「シネカリグラフ」等の制作技法があるが。)

 現在も、人形アニメーションをはじめ、カメラで「実物」を撮影するアニメーション技法は多い。しかし、透明シートにキャラクターの絵を描き、背景画に重ねて映像を作る「セルアニメ」、商業作品で主流のこの手法は、コンピューター上でのシミュレーションに置き換わっている。

 2013年に、日本の商業作品で最後に残ったフィルム撮影のセルアニメ『サザエさん』(1969〜)がデジタル制作に移行したというニュースは記憶に新しい。まだ、原画(キャラクターの線画)の段階までは紙に描いているスタジオは多いが、原画をスキャン(デジタル化)した後の工程はほぼコンピューター内で完結する。原画も含めた工程すべてを、コンピューター上で行うプロダクションも増えていると聞く。ここでもやはり実体をなくした「セル」という言葉は残り、コンピューター上で背景とキャラクターを合成、様々な効果を加える工程は「撮影」と呼ばれている。これは、それらがニセモノに取って代わられた訳ではなく、本質だけがコンピューター内に抽出されていると言えるだろう。

◯セルアニメのようなCG

 TVアニメ『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』(2013)を初めて観た時、私は驚いた。この作品のキャラクター達はすべて3DCGであったのだが、番組が開始してから数分間、それに気が付かなかったのだ。一見した印象は、手描きの背景画と3DCGのメカニックの上に、手描きのデジタルセルを配置しているように感じられる。(一応CGにそれなりに詳しいはず!の)私は、気持ちよく騙されてしまった。後に、映像を学んでいる大学生達に聞く機会があったが、この作品のキャラクターたちが3DCGであることに気付かない者も多かった。

 少し前まで、トゥーンレンダリングやセルシェーダーと呼ばれる、セルアニメ的な質感を持つ3DCG手法で作られたキャラクターには、様々な問題が見られた。特に顔の輪郭や、手足の関節が曲げられた時などに、違和感が生じやすかったように思う。そもそも、平面の絵だったアニメキャラを立体化する時、あらゆる角度から見て違和感がない形状を作るのは、高い技術が要求される。計算による見え方のクセと、手描き絵画の印象を一致させるためには、独特のテクニックと経験が必要だ。コンピュータ側の表現力も、人間側のオペレーション技術も進歩を続けているが、ここ数年で一線を超えた印象がある。

 『蒼き鋼のアルペジオ』キャラクターの3Dモデルは、造形、質感表現とも「アニメ的」によく出来ている。単にセル画的な輪郭・陰影の表現だけでなく、動きをリミテッド・アニメ風に8コマ/秒に制限していたり、従来通りのアニメーションとして違和感を生じさせないための様々な工夫がされている。キャラクターすべてが3DCGであるにもかかわらず、「アニメ」を見ているという印象が残る。

 『シドニアの騎士』(2014)は、同様に3DCGを多用している作品(※4)であるが、『蒼き鋼のアルペジオ』が、あくまで「3DCGを使ったアニメ」であるのに対し、こちらは「アニメ風3DCG」と言えるだろうか。『シドニア』は『アルペジオ』程には、「アニメ」を装うことに注力しておらず、観客にCG的な感触が伝わることを許容している様に思える。観客はすでに映画やゲームで様々なタイプの3DCGキャラクターに馴染んでおり、あるキャラが様々なメディア(マンガ、アニメ、2Dゲーム、3Dゲーム、実写…)をまたいで存在することや、メディアが変わることで生じる差異をかなり許容できる、という確信があるように思う。

 従来のアニメとしての美学を追求する『アルペジオ』と、アニメ文化をある意味活用した『シドニア』。ジャンルはどちらも「アニメ作品」だが、両者のスタンスの差は興味深い。

◯シミュレーションと、新しい表現形態

 手描きのアニメーションが無くなり、すべて3DCGになるという未来が、すぐにやってくるとは思わない。(そうなる可能性も無視できないが…)CGの登場によって、逆に手描きならではの表現も見直されつつあるし、手描きアニメもまた、コンピューターの導入で進化し続けている。(※5)まだ歴史の浅い3DCGは、データの再利用やライブラリ化、コンピューターやツールの高性能化等々、今後様々な発展が予想される。(特にコスト的には有利になる可能性は高い)

 「アニメ」という言葉は、映像形式としての「アニメーション」だけでなく、文化形態としての一ジャンルを指している。「アニメ」と言う名のもとで、手描きとCGの境界は曖昧に、辺縁ではその言葉の意味する範囲が広がるだろう。

 一方では手描きのキャラクターが躍動する。他方ではAIで自律的に行動する3Dモデルのアニメキャラが、VRデバイス経由でユーザーとインタラクションする。その両方を包括するのが、日本のアニメの未来の自然な形に思える。

 次回は、いま進みつつある、4Kあるいは8Kの超高精映像への移行と、映像コンテンツのあり方に関して考えてみたい。

※1:使われていたのは白黒の高解像度ブラウン管で、これを赤・緑・青のフィルターをかけて三回多重露光撮影し、カラー映像を得ていたという。

※2:使用されたのはSONYの「CineAlta」システムで、HDCAMビデオテープに記録された。HDCAMはHD放送、業務用のスタンダードとして広く使われたが、2016年に録画・再生機器の生産終了が発表された。この映画のDVDを見る時、TVモニターを通常より明るく調整すると、ビデオ撮影されている俳優と、CGのキャラクターや背景の階調、特に暗部にかなりの差があるのを見ることが出来る。これは当時のカメラシステムのダイナミックレンジの制限によると思われ、デジタルシネマ黎明期の苦労が感じられる。

※3:「レイトレーシング法」は、画素ごとの光の軌跡を追跡する3DCGの画像生成手法。現実の物理現象を模したものであり、物体の反射・屈折などをシミュレートした写実的な画像が得られる。

※4:『シドニアの騎士』では、本編で使用された3DCGモデルの「本物」のデータを販売するという斬新な試みも行われた。新しいコンテンツの楽しみ方として、注目したい。

※5:手描きアニメのコンピューターによるさらなる発展の可能性は、次回以降にこのコラムでも考察してみたい。