毎年、5月末から6月初旬にかけて、二つの大きなアニメーション映画祭が立てつづけに行われる。クロアチアの首都で催されるザグレブ国際アニメーション映画祭と、ヨーロッパ一の透明度を誇る湖と旧市街地の歴史ある街並みによってフランスの主要な観光都市のひとつとなっているアヌシーで開催されるアヌシー国際アニメーション映画祭である。両者は同じように重要視されながら性格を異にしている。2012年、両映画祭に参加した経験から、この二つの重要なイベントの「今」と「これから」についてレポートする。

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アヌシーのメイン会場はヨーロッパ最高の透明度を誇るアヌシー湖近くのボンリューである。この会場は来年から二年間の改装に入る。

アヌシーとザグレブは、同じコインの裏表のような映画祭だ。

両者はともにアニメーションを専門的に取り上げ、歴史も古い。1960年に始まったアヌシー国際アニメーション映画祭は、1950年代における世界的なアニメーション製作の盛り上がりと多彩な表現の誕生を反映し、カンヌ映画祭での一部門(1956年と58年に開催の「国際アニメーション週間」)から独立して生まれた世界初の大規模なアニメーション専門映画祭だ。1972年から開催のザグレブ国際アニメーション映画祭は、1950年代のアニメーションの隆盛を支えた「ザグレブ派」の本拠地で開催され、知名度では「一人勝ち」のアヌシーには敵わないが、大きなアニメーション映画祭ではアヌシーに続く歴史を誇る。40周年となる今年は、様々な作家が記念のドローイングを提供し、展示も行われていたが、和田淳氏によるドローイング——レオタードを着た女子二人が”Be Orthodox” “Be Strange”とつぶやいている—-が語るように、ザグレブの評価を支えるのは、伝統性(orthodox)と革新性(strange)の両面を重視する作品選定の質である。


両映画祭の何が裏表なのか?

2012年の文化庁メディア芸術祭でのシンポジウム「世界のアニメーションフェスティバル」において、2011年からザグレブのアーティスティック・ディレクターに就任したダニエル・スルジック氏は、ザグレブはマーケットを気にしないと大きく宣言した。そこには、ザグレブの前にプレゼンテーションを行ったアヌシーに対する牽制があったことは明らかだ。

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ザグレブのメイン会場はザグレブ市内中心部に位置するキノ・ヨーロッパ。会期中は夜遅くまで映画祭参加者が集い、交流する。

事実、両映画祭の商業性に対する態度は著しく異なっている。現在、大きなアニメーション映画祭は期間中に見本市を同時開催するケースが目立つが(オタワ国際アニメーション映画祭やシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭がその代表例である)、アヌシーに併設される見本市MIFAは、その流れの先鞭をつけた。近年のアヌシーは、「商業化」を誹る声が時おり聞こえてくるほどに、映画祭の成果を産業へと還元することを積極的に考えている。今年から長編部門(つまり、短編とは異なり、産業としてしか成立しえないアニメーションのフォーマット)のコンペティション上映作品を従来の5本から10本に増やしたのも、そのひとつの現れだと言えるだろう。その一方で、ザグレブにおいては、現在、映画祭は見本市無しの単独開催となっている。スルジック氏が同シンポジウムで語ったように、必ずしもマーケットと相性がよいとは限らない、ユニークかつストレンジな「作家性」の賞揚を目的としている。

ただし、両者は敵対しあっているわけではなく、むしろ相補的である。ザグレブとアヌシーは協定を結び、映画祭の時期が重ならず、連続するようにしている。2012年のザグレブは5月29日から6月3日まで、アヌシーは6月4日から10日までの開催だったが、ザグレブからアヌシーへと移動し、方向性の異なる二つの映画祭を網羅するという流れは、アニメーション関係者のあいだではひとつの定番ルートとなっている。


ザグレブのアニメーション観

両映画祭を大きく分けるのは、作品選定に対する哲学の違いだろう。

もし、両映画祭に、「アニメーションとは何か?」と質問するとする。ザグレブはその問いに対し、「アニメーション」という言葉の定義そのものを問うところから始めるような映画祭だ。そして、最終的に、作家の数だけ、もっと言えば作品の数だけ、その答えは存在すると結論付けるだろう。さらには、「アニメーション」に対する思ってもみなかった考え方を提示し、秘かに隠れて見えなくなってしまっていた考え方を拾い上げることまでするだろう。

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今年のザグレブでは、久里洋二氏(左)に功労賞が授与された。久里氏は1960年代のアニメーション映画祭勃興期から活躍を続けるアニメーション作家。

ザグレブは、アニメーションをその隣接領域と衝突させ、アニメーション概念の根本に揺さぶりをかけようとする(たとえば、今回の審査員のなかには、同地で開催される実験映画祭25fpsのディレクターも加わっていた)。今回、『なんて素敵な日』(2012)で準グランプリに相当するゴールデン・ザグレブ賞を受賞したドン・ハーツフェルト氏の作品も、子どもでも描けそうなラフな棒線画のキャラクターと実写映像を大胆に融合するアプローチが逆に仇となり、たとえばアヌシーや広島といった他の伝統的なアニメーション映画祭ではほとんど評価されていない。ザグレブは、アニメーション表現に唯一のスタンダードを設定せず、そのオルタナティブな可能性を常に探っているといえよう。

今年のザグレブでは、「特例」として、パノラマ部門(コンペティション入選からは漏れたものの、優秀な作品と認められる作品を上映する)で上映されたThe Last Bus2011)の記者会見があった。何が「特例」かといえば、通例、記者会見はコンペティション入選作品に限られているからだ。最終バスに乗りどこかへと向かう動物たちの運命を描くこの作品は、シュトゥットガルトやアニマテカでグランプリを受賞するなど、近年のアニメーション映画祭シーンにおける話題作のひとつである。動物の被り物をした人間を登場人物とする実写ベースのこの作品は、コマ撮りではなく、コマ落としで映像が作られている。その点から、人によっては「アニメーションではない」と判断することもある(実際、この作品の主な助成元のひとつからも、この作品はアニメーションではないという判断から、助成金の返還を求められたようだ)。映画祭側の説明では、The Last Busはアニメーションの概念を広げるものであるがゆえに、議論の場を設けたかったということだった。「アニメーションとは何か」という問いを常に考えようとする、ザグレブらしい選択であったといえる。


アニメーション「産業」にも浸透するアヌシー

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アヌシーのメイン会場ボンリューの内部では、上映以外にも、サイン会やDVD即売会をはじめ、イベントが活発に行われる。

「アニメーションとは何か?」—-アヌシーはその問いに対して、世界のアニメーション・シーンを見渡したうえで、大きな声を上げている領域から、満遍なくその答えを集めてくる映画祭だ。

今年のアヌシーの短編部門は、ミカエラ・パヴラートヴァ氏やテオドール・ウシェフ氏、水江未来氏といった映画祭界隈でお馴染みの作家の作品に加え、現代美術の文脈で高い評価を受ける中国の若手作家スン・シュン氏、コメディ色の強いアメリカの作家ビル・プリンプトン氏、ワーナーのクラシカルな人気キャラクターであるダフィー・ダックを主人公とした3D短編、YouTubeをはじめとしたウェブ界隈でも人気のPES氏、大友克洋氏の新作短編『火要鎮』などが集うという、アヌシーでしかありえない組み合わせが実現した。本数の増えた長編部門も含め、コンペティション部門自体が、今年のアニメーションの流行を網羅した、ショーケース的なものとなっていたのである。

ただ、コンペティション全体を眺めると、国籍や文脈は異なれど、どことなく似通った作品が並び、アヌシーが評価するアニメーションのフォーマットは、ザグレブと比べるとあまりバリエーションがないともいえる。アヌシーのセレクションには「雑多」という形容が似合うのかもしれない。それはアヌシーの圧倒的な知名度によって可能になるものでもある。歴史の長さおよび規模の大きさに加え、見本市の併設や長編部門の設置を他のアニメーション映画祭に先駆けて行ってきたこともあり、アヌシーの名前は、アニメーション「産業」の領域にも浸透しており、それがバラエティの豊かさに貢献する。

アヌシーは今年から選考委員の外部招聘を止め、アーティスティック・ディレクターを中心とする映画祭内のチームによってコンペティション入選作品の選考を行うこととなった。つまり、コンペティション作品の選考に、映画祭側の意志が強く反映されるようになった。今年のアヌシーは世界的なトレンドを余すことなく拾い上げようとしていた印象さえある。今年のセレクションにおける多彩かつ国際的な文脈の融合は、これらの要因が複合的に合わさったものであるといえる。


デジタル技術の進化

両映画祭に共通する傾向があったとすれば、デジタル技術に対する作り手の態度の変化だろう。

今年のザグレブで特別賞を受賞したスイスの巨匠ジョルジュ・シュヴィッツゲーベル監督の新作Romance(2011)は、上映素材の選択肢として35mmフィルムが存在するにも関わらず、近年主流になりつつあるデジタルフォーマットDCPを用いていた。過去、デジタル素材は、作成時に必然的に起こる劣化によって、特に作家性の強い作品においては嫌われる傾向にあったが、シュヴィッツゲーベル監督曰く、近年の高画質なデジタル素材の場合、自分の作品の色彩を的確に表現してくれるということだった。フィルム・プリントの作成には費用がかかることもあり、今後、上映素材のデジタル化が一気に進んでいくことを予感させるエピソードだった。

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アヌシーと比べると規模がそれほど大きくないザグレブは、アットホームな雰囲気も漂う。写真は映画祭参加者を対象とするピクニックで、ザグレブ40周年がケーキで祝われた。

アヌシーの長編部門の充実化は、商業作品の制作現場において、デジタル技術の持つ「クセ」が馴致されつつあることを示していた。アヌシーの美点のひとつに、デジタル表現が産業的な制約とぶつかったときに生み出す新奇な表現の最前線をチェックできるというものがある。1950年代以降のテレビ・アニメーションの出現によって、省力化によって最大限の効果を上げるため、リミテッド・アニメーションが発展を遂げたように、節約への努力が生み出す領域というものがあるのだ。

今回のアヌシーでは、デジタル技術導入後に切り開かれつつある領域が見えてきた印象だ。3DCGを用いた作品が、ピクサーに代表されるようなカリカチュア的な自然主義表現とは異なる豊かな表現性を獲得していたのである。人道的なテーマを取り上げた作品に送られるユネスコ賞と長編部門の観客賞をダブル受賞したApproved for Adoption(2012)は、デジタル表現特有のぎこちない動きをアニメートのタイミングや編集の妙によって巧みに回避し、異国で暮らす孤児をめぐる豊かな感情のやり取りを見事に伝えていた。

フランスの巨匠ジャン・フランソワ・ラギオニ氏の新作長編Le Tableau
 
2011)も、その点において興味深い。ラギオニ氏は、日本においては切り絵アニメーションを用いた短編アニメーションで有名だろう。しかし、彼の新作長編の登場人物たちは、3DCGのモデリングによって作られている。老いた画家による未完成の絵画のなかの登場人物という設定は、ゲームにおけるトゥーンレンダリングに近い質感の映像によって説得力を持たされ、アニメート自体も3DCGのゲームを思わせるようなものだった。ラギオニの新作はゲームのムービーみたいだった—-30年前にこんなことを言っても、おそらく誰も信じてくれなかっただろう。デジタル技術は独自の美学や表現性を手に入れつつあるのだ。


両映画祭のこれから
 

アヌシーとザグレブ—-両者はともに、それぞれの必然性に従って、アニメーションの「今」を伝えようとする。どちらかのみを訪れるだけでは、アニメーションの一面的な姿しか確認できないことになるだろう。

しかし、アニメーションという一枚のコインの表と裏のような両映画祭の関係は、今後も保たれつづけるのだろうか。

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アヌシーは来年以降新しいアーティスティック・ディレクターを迎える。左は今年で辞任するセルジュ・ブルームバーク氏、右は新ディレクターであるマルセル・ジャン氏。

おそらく、アヌシーは来年以降大きく変化するだろう。1999年の就任以来10年以上アーティスティック・ディレクターを務めたセルジュ・ブロムバーク氏は、今年限りでの辞任を発表した。ブロムバーク氏はカートゥーンを中心とした初期映画・アニメーションの熱狂的なコレクターで、近年ではジョルジュ・メリエス(1861-1938)のドキュメンタリー映画The Extraordinary Voyage2011)をエリック・ランゲ氏と共同監督し、テレビのコメンテーターを務めることもある芸達者な人物だった。彼は、アヌシーの「商業化」に大きく加担した人物として批判されることも多く、実験性の高いアニメーションに対する彼の辛辣な態度は有名だった。

来年からの後任に選ばれたのはマルセル・ジャン氏である。ジャン氏は、アニメーションの「作家性」「実験精神」を支えるメッカであるカナダ国立映画制作庁(通称NFB)の元プロデューサーで、実験映画や作家主義的な作品についての著作もある、非常に「ザグレブ的な」人物なのだ(実際、2年前のザグレブで選考委員を務めたばかりである)。ジャン氏は、カナダのフランス語圏出身の人物で、アヌシーは歴史上初めて、海外からディレクターを迎え入れることになる。就任にあたってのステートメントにおいて、ジャン氏は、これまでのアヌシーの色を深めると同時に、「いくつかの習慣を見直す」ことを宣言している。長年アヌシーのメイン会場となっていたボンリューが改装工事に入ることも含め、ディレクターの交代によって商業性と作家性の両方のカードを手に入れたように思えるアヌシーの「次」の一歩は、大きな注目を集めることになるだろう。

今年の両映画祭の受賞作品は、以下のリンクを参照のこと。

ザグレブ国際アニメーション映画祭2012受賞作品リスト(ザグレブは隔年で長編と短編部門に分かれており、今年は短編の年)

アヌシー国際アニメーション映画祭2012受賞作品リスト