マンガをギャラリーに〈展示〉するというのは実は奇妙なことだ。1コマ・4コマや1~2ページで完結する作品であれば問題ないが、通常のストーリーマンガはほとんどの場合、作品のごく一部を抜き出して展示することになる。しかも「原画」つまりマンガの原稿は、印刷物の版下として本来制作されており、作家自身は原画を作品の素材ないし”未完成品”と捉えていることも多い。大いに話題を呼んだ「井上雄彦 最後のマンガ展」(上野の森美術館ほか、2008~10年)のように、描きおろし作品を丸ごと通しで読める展覧会など例外中の例外で、その意味でも最初で「最後」だったかもしれない。

だとすれば、原画を展示する意味とは何だろうか。作家や出版社と交渉して原画を借り、額装して展示するという一連の行程は、展覧会を担当する学芸員の仕事の中核をなし、そこに費やす手間や神経のウェイトも高い。「貴重な原画○○○点を一堂に集め…」といったキャッチコピーは今のところそれなりに有効だが、何もそれだけが理由ではない。

「原画」展示と作家の存在感

原画の魅力は一つには、作家の息吹を間近に伝えてくれることだ。欄外の書き込みや修正の跡など印刷には出ない”舞台裏”も、作家を生々しく、身近に感じさせてくれる。したがって原画展示では、作家の人物像に焦点をあてて掘り下げることが肝要となる。当館開催の「少女漫画の世界展」(図版1、2013年3月20日~5月19日、担当学芸員柴田)では、北九州・下関出身の少女漫画家15名にご出展いただいたが、うち5作家についてインタビューや作画風景を新たに撮影し、会場で上映した。他の作家についても、アンケート形式の書面インタビューや仕事場の写真など、作家の横顔や創作の現場に可能な限り迫ろうとした。マンガの制作は、作家の頭の中と、机の上のごくわずかなスペースで進行する地味な作業であるだけに、作家の肉声はマンガ制作の苦楽をひときわ身近に感じさせてくれる。また、地元出身の作家が地元の来館者に語りかけることから生まれる独特の熱も、興味深いものだった。

一方、作家の映像等はなくとも、原画を体系的に集め、並べることで、作家の存在感がおのずから立ち上がる場合もある。「北条司&コミックゼノン展」(図版2、2013年7月20日~9月23日、担当学芸員郷田)では、「月刊コミックゼノン」(コアミックス編集、ノース・スターズ・ピクチャーズ発行)の連載陣の原画(デジタル出力含む)を多数展示したが、同誌の看板作家・北条司氏(北九州市出身)については、出世作『CAT’S EYE』から現在まで満遍なく原画を借用し展示することができた。「週刊少年ジャンプ』時代から画力・構成力ともに巧みで、修正の跡もほとんどない美しい原画を前にすると、これを週刊ペースで仕上げていたのかと慄然かつ陶然たる思いがする。しかも北条はその巧さに飽き足らず、年を経るごとに筆をますます研ぎ澄ませていった。その過程を展示で示せたのも大きな成果と言える。

column2014-02-25-01.jpg

図版1:「少女漫画の世界展」(2013年、北九州市漫画ミュージアム)

column2014-02-25-02.jpg

図版2:北条司&コミックゼノン展(2013年、北九州市漫画ミュージアム)


デジタルデータとマンガ展示

ちょうど今が過渡期ということになろうが、デジタルデバイスで作画や仕上げを行ったデジタル出力原画も急速に増加しており、マンガ展示も徐々に様変わりしていくことになる。舞台裏の生々しさで作家の息吹を感じさせてくれる肉筆原画と異なり、デジタル出力原画には生々しさはないが、データを加工することで、作品の鑑賞環境に様々な仕掛けを施せる利点がある。例えば「絵師100人展」(2011年~、産経新聞社主催)のように、大判サイズで出力する手法だ。人間の視覚体験にとって大きさは”力”である。日本画や洋画と異なり、B4サイズの小さな原画で空間を構成しなければならないマンガ展示にとって、大判出力は新鮮で魅力的だ。当館でも、地元の老舗マンガ同人グループ「アズ漫画研究会」と共催した「マンガ同人『アズと人気絵師』展」(図版3、2013年3月2日~10日)では、細密なデジタルイラストを畳並みの大きなサイズで出力し展示、空間を作品で染め上げた。マンガ原画は、印刷物の版下として制作されたが故に、本来的にそういった加工に向いているのかも知れない。大判出力だけでなく、小ぶりなものを展示空間のあちこちに散りばめるなど、他にも様々な工夫の仕方があろうし、肉筆原画を展示する場合にも応用可能である。

column2014-02-25-03.jpg

図版3:マンガ同人「アズと人気絵師」展(2013年、北九州市漫画ミュージアム・アズ漫画研究会)

デジタルデータについてもう一つ。マンガ原稿の”ふきだし”の中のセリフは、少し前までは写植を出力した紙を切り抜いて貼り付けていた。時が経つと糊が劣化してぽろぽろ剥がれたり、それはそれで学芸員泣かせだったが、最近は出力紙を貼らずデータ処理でセリフを付けるため、別の悩みが生まれてきた。肉筆原画も含め、ふきだしの中が真っ白で、そのまま展示するだけでは中身が読めないのだ。対策としては、単行本ないし雑誌の同じページをコピーして小さなパネルにし、傍に掲示するやり方があるが、少々読みづらい。原画を透明なビニール袋でぴったり覆い、自作した写植をそこに貼り付けるやり方もある。読みやすさは抜群だが、せっかくの肉筆画が、薄いビニール1枚分とは言え少し遠くへ行ってしまうのは忍びないとも感ずる。この辺りは、展示する原画の作風や展覧会の趣旨、あるいは学芸員の好みによる使い分けであろう。


マンガ展示のメソドロジーに向けて

マンガ展示の方法論研究については、奥田奈々美「日本のまんが博物館 その現状と課題」(「博物館研究』39-10)や、ヤマダトモコ「マンガをイラストとして鑑賞することと、印刷物として読み解くこと」(「少女マンガパワー!-つよく・やさしく・うつくしく-』展図録)、および拙著『マンガとミュージアムが出会うとき』(金澤韻・村田麻里子と共著、臨川書店、2009年)など、これまでに一定の成果がある。デジタル原画についてなど、マンガ界の変化に伴い方法論も変わっていくことになるが、原画を中心に展示を組むことの難しさなど、基本的なイシューはここ十数年共通している。本稿もそれら先行研究に沿ってまとめたものだ。

目下の大きな変化は、マンガ展示の方法論そのものではなく、それを取り巻く状況にある。マンガ展示に携わる様々な立場の人々とその経験・蓄積が、まとまりを持ちつつあるのだ。第一の要因は、昨夏開館した当館も含め、専門的なスタッフを擁するマンガ展示施設が目立って増加傾向にあること。第二に、前述の「井上雄彦 最後のマンガ展」や「ONEPIECE展」(2012年~、森アーツギャラリーほか)など、斬新な展示手法の大型企画が相次いだこと。そして第三に、文化庁のメディア芸術振興事業により「メディア芸術コンソーシアム」の構築が目指され、マンガを含む「メディア芸術」関係者の連携構築が進められていることが挙げられる。これらの要因により様々な展示手法の試みが蓄積され、マンガの展示施設の連携が進んでいけば、効率的で成果の大きい展覧会運営手法を探ることができるのではないかと期待できる。

デパートのギャラリーで短期間開催されるものを含めると、マンガの展示はいま非常に増えていると言っていい。今までにない斬新なマンガ展示の企画が水面下で動いているともいくつか耳にしている。そこに展示方法論体系化の機運が加わり、1990年代初頭から本格的に始まったマンガ展示の歴史は新たなステージ、一種の成熟期に入ったのかも知れない。今後の動きを楽しみに待っていて欲しい。