ハッカーマインドを多分にもったアーティスト、エヴァン・ロス氏が11個のウェブサイトからなる新作《No Original Research》をスウェーデンのAlingsås Konsthallで開催されている展覧会「Snel Hest」に合わせて公開した。タイトルの《No Original Research》はウィキペディアの3大編集方針のひとつ「独自研究は載せない」からとってきている。「独自研究」とはウィキペディア用語で「未発表の事実、データ、概念、理論、主張、アイデア、または発表された情報に対して特定の立場から加えられる未発表の分析やまとめ、解釈など」とされている。「オリジナル」という言葉に敏感なアートワールドで「ノーオリジナル」をタイトルに当てるロス氏の真意を探っていきたい。

《No Original Research》の個別の作品タイトルになっているURLは、ウィキメディア・コモンズからとってきたGIFのファイル名とサイトの背景色を組み合わせたものになっている。boxerengine-on-snow.comでは、ボクサーエンジンの動作を説明するGIFアニメが「snow」で定義される色の上に置かれている。

作品ページに行くとボクサーエンジンのGIFアニメが円状に複数表示されていく。そして、すべてのGIFアニメが表示されると音声ファイルが再生される。このサイトの音声ファイルはウィキメディア・コモンズにある「Wikipedia-No original research.ogg」で、ウィキペディアの「独自研究を載せない」の項目を英語で読み上げたものである。よって、boxerengine-on-snow.comを訪れた人は背景色「snow」の上に大量のボクサーエンジンのGIFアニメがループし続ける様を「独自研究は載せない」の英語テキストの読み上げを聞きながら見ることになる。そして、ウェブサイトのソースにはGIF及びオーディオファイルをはじめとして、この作品をつくるために使われたコードなどの情報がクレジットされている。さらに、ソースに記されたGIFアニメのウィキメディア・コモンズのページに行ってみると、作品に使用されたファイルが「クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンス」のもとに利用を許諾されていることが記述さている。さらに、ロス氏が作品のためにGIFアニメの背景を透明に変更した履歴も記録されている。

ロス氏は《No Original Research》の説明文で「GIFとHTMLの色名を使うことは機能性と必要性によるコンテンツへの賛美である」と書いている。確かに、今回用いられているGIFアニメは「ボクサーエンジンの動作」などを「説明する」という機能をもった画像であり、背景色を「FF FA FA」と記述するよりも「snow」とした方がわかりやすい。ソースを見なければその存在に気づかないが、背景色は一応その機能と必要性をもったまま使われている。しかし、背景を透明にされ次々に重ねられたGIFアニメは「説明」という機能を喪失している。なぜなら、GIF画像は「ブラウザがすべてのファイルを同時に再生しようと試みる際、そこに失敗も起こり、ファイルは同期せずにその個々の反応速度を視覚化したアニメーションの繰り返しが生じる」とロス氏が記述するように、複数のGIF画像群は機能から独立した視覚表現になっているからである。そこにその画像(群)と全く関係がないオーディオファイルからの音が重ねられる。「説明」という機能を喪失した画像と音、そして唯一その機能を文字通り示すがゆえに作品のタイトルをcatenary-on-azure.com/toggleclamp-on-yellow.com/といった詩的なものに変えるHTMLの色名とが組み合わさり、カオス的状況が生まれている。

《No Original Research》には《One Gif Composition》という関連作がある。《One Gif Composition》と《No Original Research》は大量のGIFファイルを同時に表示させるというシステムの原理は同じである。ロス氏曰く、この原理は「ネットワークのスピードや使用しているブラウザ、コンピュータの処理速度によって」ページの読み込みごとに異なったGIF画像群を表示させる。この作品体験の一回性は、美術批評家のボリス・グロイス氏が「画像ファイル」は「オリジナル」を見ることができないものであり、ディスプレイに表示される「画像」は楽譜に基づいた演奏などに似た一回限りのパフォーマンス的な存在だと指摘している(*1)ことを、システム的に体験できるものにしたと言えるだろう。となると、《No Original Research》は、コンピュータの画像においてはシステム的に「オリジナル」を見ることができないことを示しているのであろうか。確かに、それはあるが、それは既に《One Gif Composition》で行われている。では、同じことの繰り返しなのだろうか。

ロス氏は《No Original Research》で「オリジナル」を巡る議論を「システム」からウィキペディアの「独自研究を載せない」という方針を用いて「意味」の領域に拡張している。「画像」は「独自研究を載せない」という方針のなかで長らく除外対象になっていた。それは「画像は一般に例証のために利用され、独自研究排除方針が要諦として禁じる『未発表の理論や論証を提示するもの』ではない」という観点からであった。しかし、ロス氏はGIF画像の背景を透明化しそれを大量に重ねるという手法で画像の「例証」という機能をGIFアニメから剥ぎ取り、その画像に、互いに無関係な音と色とを組み合わせて、「例証」をさらに無意味化してオリジナル作品に組み込んでいった。

「独自研究は載せない」という方針のウィキペディアが「編集者がその画像を修正してその画像が例証するところの事実をゆがめる可能性」があるとそのセキュリティホールの存在を知りながらも「例証」という機能によって「オリジナル」であることを許容してきた画像に対して、ロス氏がハッキングを仕掛けたのである。そして、ロス氏の作品を改めて見ると、そこにあるのは、画像とオーディオデータはすべてフリーなライセンスのもとでウィキペディアで使われているものである。フリーの素材を集めてつくられた作品は「オリジナル」と言えるのか、ロス氏は「オリジナル」という概念そのものにもハッキングを仕掛けている。ロス氏は今作で「オリジナルはない」というリサーチをしているのかもしれない。
ハッカーマインドを示し続けるロス氏は、次にどんな既成概念にハッキングを仕掛けるのであろうか、とても楽しみである。

(*1)Boris Groys, From Image to Image File–and Back: Art in the Age of Digitalization in Art Power, MIT Press, 2008, pp.84-85.

No Original Research @ Snel Hest …
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