ロドルフ・テプフェール(Rodolphe Töpffer、1799-1846)は、マンガの始祖として言及されることが近年増えてきたスイス・ジュネーブの作家である。とはいえ、日本では森田直子氏や佐々木果氏による評論あるいは復刻の試みが先駆的な仕事として存在しているが、やはりまだ一般に知られている作家とは言いがたい。だが、もし日本のマンガ史を世界のマンガ史のなかに位置づけようと試みるならば、テプフェールを避けて通るわけにはいかないだろう。本書はフランスにおいてテプフェール研究の基本書とみなされている本であり、この度の翻訳は、今後の日本のマンガ研究にとって大きな意味を持つにちがいない。

全体は3部で構成されており、第1部がブノワ・ペータース氏による「顔と線——テプフェール的ジグザグ」、第2部がティエリ・グルンステン氏による「ある芸術の誕生」、そして第3部がテプフェール自身によるマンガに関するテキストを集めた「テプフェール自身の語るテプフェール」となっている。またテプフェールの年譜や作品解説も収録されており、まさにこの作家を知ろうとするものにとって必携の書だ。

ペータース氏は同時代の観相学や写真の発明とテプフェールの関係について語りつつ、フランスマンガ史における聖人であるエルジェやメビウスへと連なる系譜を描いてみせる。そしてグルンステン氏は、フランス国内だけでなく、ドイツのブッシュを経由してアメリカのマンガへと至る系譜までも示してみせる。またグルンステン氏によれば、テプフェールの革新性は以下の3点に要約される。曰く、▽支持体:つまり転写石版によって印刷された単行本を発明したこと▽文章と絵の関係、そして絵同士の関係:つまりマンガにおける「作品ページ」を発明したこと▽物語内容:つまり絵によって描かれた近代的なキャラクターを発明したこと、の3点である。もちろんテプフェールは全てを無から創造したわけでなく、前時代からの遺産を受け継ぎながら同時に断絶を指し示しているのであり、本書ではその点についても様々に語られる。

ただし注意すべきは、本書が文化的な象徴闘争に参加していた書物であったということだ。原著が発行されたのは1994年のこと。その翌年から次の年にかけて、主にアメリカでマンガの起源と捉えられてきたアウトコールト作『イエロー・キッド』の生誕100周年記念イベントが世界中で開催されることになる。その時、テプフェールをマンガの起源とみなす説と『イエロー・キッド』起源論は、理論的な対決を要請される。むしろ、本書はその戦いに向けて発刊された本であり、まさにその過程において、テプフェールの革新性は選択されていったとも言えるだろう。革新性とは、当然のことながら、「何か」と違う点が選ばれるのであり、その「何か」が異なってくれば、挙げられる革新性も異なってくる。たとえば1998年に刊行された『あたらしいメディアの形成:19世紀のマンガ』(Forging a New Medium: The Comic Strip in the Nineteenth Century, VUB University Press, 1998)では、「イエロー・キッド」だけでなく各国におけるマンガの起源と比較されるなかで、前述の3要素が、▽印刷された支持体、つまり単行本▽想像上のキャラクターの創造▽オリジナルな表現形式であることの自覚、と微妙に言い換えられることになる。

また訳者後書きにもあるように、グルンステン氏は単著として2014年に『テプフェール氏、マンガを発明す』(Thierry Groensteen, M. Töpffer invente la bande dessinée, Les Impressions Nouvelles, 2014)を上梓しているが、そこでもまたテプフェールの革新性は異なった方法で述べられている。それは時代の経過による研究の深化というだけでなく、その時々の仮想論敵の変化が反映されていることも見逃すべきではないだろう。それを意識することは、日本のマンガ理論と海外のマンガ理論を接続するために必要不可欠なだけでなく、日本のマンガ起源論もまた文化的な象徴闘争の産物であり、「マンガ」から何かを排除しようとする意思によって成立していたことを、あらためて気づかせてくれるはずだ。

なお、本書の著者のひとりであるペータース氏は近々来日する予定で、2014年8月3日には京都国際マンガミュージアムにおいて、ガイマン賞関連イベント「ブノワ・ペータース講演会:テプフェールから『闇の国々』へ」が開催されることになっている。

『テプフェール:マンガの発明』
著:ティエリ・グルンステン、ブノワ・ペータース、訳:古永真一、原正人、森田直子、出版社:法政大学出版局
出版社サイト
http://www.h-up.com/bd/isbn978-4-588-42013-9.html