2006年以来、アメリカのミネソタ大学からは日本のマンガ、アニメ、ゲームなどポピュラーカルチャーを取り上げる学術誌が、「メカデミア」(http://mechademia.org/)という題名の下で毎年1冊ずつ発行されている。同誌には、スーザン・J・ネイピア氏とトーマス・ラマール氏が編集委員としてかかわっており、二人はそれぞれ、邦訳されている『現代日本のアニメ―『AKIRA』から『千と千尋の神隠し』まで』(中央公論社、2002年)と『アニメ・マシーン』(名古屋大学出版会、2013年)の著者として日本国内でもお馴染みの研究者だ。日本からは上野俊哉氏が編集委員として同誌に参加している。ただ、学術誌といっても、研究者とファンとの創造的な協力関係を標榜しており、実際その掲載内容やテーマを見てみると、それほど堅苦しさは感じられない体制になっている。

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大会初日の懇親会の模様、一番奥に立っているのがツァールテンさん(撮影:Jaqueline Berndt)

この『メカデミア』と同じタイトルの下で、イレギュラーに学術大会が開催されるのだが、その3回目の大会は2012年11月29日〜12月2日の日程で韓国のソウルにて開かれた。今回は同大会と共に、その主催者の一人だったアレクサンダー・ツァールテンさんのことを紹介したい。


アニメーション80を調べる、もう一人の研究者

筆者がツァールテンさんのことを知ったのは2010年の秋ごろだった。当時彼は、1980年代日本の自主アニメーション史における重要なグループの一つだった「アニメーション80」の調査のため、その初期関係者の一人にインタビューを行っていたのだが、ちょうどアニメーション80の研究で同じ関係者と既に交流していた筆者の耳にも彼の話が伝わってきたのである。今日の日本ではあまり知られていないようだが、アニメーション80というと、『機動警察パトレイバー The Movie』(1989年)以来、様々な作品の3DCG制作に携わっている木船徳光氏や国際的な作家として有名な山村浩二氏らがメンバーとして活動していた、歴史的にとても意義深いグループだ。同じことに興味を持っている研究者の存在を知らされてから数か月後、そのツァールテンさんが韓国の大学に着任し、2011年からソウルでの生活を始めたのである。彼との出会いが実現したのは(これも偶然だったが)、同年3月ソウルで開催された「われわれ!日韓映画祭」の会場だった。

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大会前半の会場になった韓国映像資料院(撮影: Jaqueline Berndt)

ツァールテンさんは、着任先だったソウル所在の東国(トングック)大学校映画映像学科で教えながら、「メカデミア・イン・ソウル大会」の企画を進めていたわけで、それには同大学をはじめ、韓国映像資料院、日本国際交流基金ソウルセンターからの貴重な協力があったことも特筆すべきだろう。しかし準備の途中でツァールテンさんは、次の着任先が決まり、開催4か月前にアメリカのボストンに発つことになった。にもかかわらず、ソウル側のスタッフと海を超えての協力により、大会の開催を無事実現させたのである。まさに「グローバル」という言葉に相応しき活躍と言えよう。


ソウルに現れたリパブリック・オブ・レターズ

メカデミア・イン・ソウル大会への参加申請は、主催者側の予想をはるかに上回ったようで、世界中から60人を超える数の発表者が日本のポピュラーカルチャーを議論するためソウルを訪れた。「世界の刷新:反事実的歴史、平行宇宙、可能世界」をテーマに数々のプレゼンテーションが行われ、休憩時間や発表会場の外でも、初対面の相手との自由、かつ活発な交流の場面も頻繁に見かけられた。

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キーノート・スピーチ中の大塚英志氏(撮影:Alexander Zahlten)

さらに同大会では、研究発表だけでなく、日本と韓国の専門家を招いての特別講演やトークもあり、大好評だった。日本からはクリティカルな「おたく論」と名著『アトムの命題』(徳間書店、2003年)などで知られる大塚英志氏と、『機動戦士Zガンダム』など多くの話題作の絵コンテ・演出に携わりアニメーションの製作現場に詳しい渡部英雄氏、一方、韓国からは、長編アニメーション『Green Days』を2011年に公開し、『アニメ 冬のソナタ』などで日本側との協力も多いアン・ジェフン監督が招待され、多彩な議論と対話が行われた。会場は日本語、韓国語、英語が混じり合う中、単に”国際的”とは言い切れない非常にユニークな模様だった。

境界の横断、横へのつながり

現在ハーバード大学の東アジア言語・文明学科で、現代日本のメディアを教えているツァールテンさんは、ドイツのフランクフルトで2000年に始まった日本映画専門の映画祭「ニッポンコネクション」(http://www.nipponconnection.com/)にも長年かかわった経歴の持ち主。在韓中には「岡本喜八監督特別展」で講演を行ったり、2013年6月訪日中には大学の特別講座で角川映画やアイドルのことを取り上げたりと、カバーしている分野は実に幅広い。確かに国際的な映像研究の現状を見てみると、ある研究者に対して実写の人かアニメーションの人か、という質問は既に意味をなくしている。むしろ、特定のテーマに対して興味深い、なおかつ有意義なアイデアや発言ができるかどうか、そして様々な議論に対して開かれているのかどうか、という質問がより重要視されつつある。
ツァールテンさんは、2014年1月17日ハーバード大学で開催予定である、日本の映像メディアを取り扱う「キネマクラブ」の第13回コンフェレンス(http://kinemaclub.org/)も主宰しており、アニメーションはそこで相当の比重を占めている。彼はさらに、日本のインデペンデント・アニメーションに関連する特別なプランも持っているようだ。実現に向けた着実な歩みを応援したい。

キム・ジュニアン(アニメーション研究者)