2013年11月7日にシンガポール国立大学の日本研究学科では「Drawing Manga “Japanese Style”」という催しが開かれた。日本のマンガにおいて定着している表現のスタイルを学生たちが体験的に学び、なおかつ日本の外でアーティストやファンたちはマンガのスタイルをどのように創り直してきたのかを把握するためのワークショップだった。指導は、マンガをはじめ多岐の分野にわたる評論家として知られる国際日本文化研究センター教授の大塚英志氏が担当。ワークショップの主催においては、同大学で戦後日本の映画やアニメを教えているアニメーション研究者のガン・ショウフイ(顏曉暉)さんの活躍があった。この4回目をもって最後になる本レポートでは、ガンさんの活動を紹介しつつ、アジアにおけるアニメーション研究の可能性を考えたい。

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2013年7月台湾文化省と台湾動漫画推広協会主催のカンファレンスで発表後、香港の漫画家の何志文さんと交流中のガン・ショウフイさん(左)

手塚治虫への美学的再評価

筆者がガンさんに初めて会ったのは、2010年11月頃日本アニメーション学会主催の「商業アニメーションにおける表現規制とその背景について考える~東京都青少年健全育成条例改正案をめぐって」というシンポジウムだった。日本以外のアジアにおける表現規制のケーススタディとして台湾とマレーシアの状況も紹介され、その中でガンさんはマレーシアのケースを発表するため出席していたのである。中国系でありながら、マレーシアで育った背景からの発表だったらしい。実際、彼女は同国にて学部から修士課程まで勉強しており、その後、京都大学人間・環境学研究科の博士課程への進学で来日した。修士までの専攻は実写中心の映画だったようで、確かにガンさんの研究業績の中に、実写映画の監督として知られるジャ・ジャンクー(賈樟柯)氏とのインタビューやホウ・シャオシェン(侯孝賢)氏に関するレポートが見られる。

2008年に博士号を取得したガンさんの論文テーマは、日本アニメーションにおける長年の中核的な問題であるリミテッド・アニメーション(描画枚数や描画箇所を節約もしくは省略するアニメーション)。アニメーション映像美学におけるいわゆる東映動画対虫プロの構図、もしくは古典主義対モダニズムの二項対立問題をなしてきたリミテッド・アニメーションの従来の理解に、ガンさんはセレクティブ・アニメーション、つまり「選択的」という概念を新たに加えることで、手塚治虫の再評価を提案する。非常に興味深い議論であり、詳細は、彼女の博士論文の一部が補筆、掲載されている『アニメーションの映画学』(臨川書店、2008年)をぜひ参照されたい。


日本文化への窓口になるアニメ

現在シンガポール在住のガンさんだが、昨年12月中旬東京を訪れた彼女に再会した。2012年「メカデミア・イン・ソウル大会」(本レポートの第3回で紹介)で会って以来ほぼ1年ぶりで、この連載の趣旨からアジアのアニメーション研究者として彼女のことを紹介できればと思っていた筆者には絶好のチャンスだった。

約束の当日ガンさんは箱根から東京に戻ってきたとのことで、当地で撮った写真を見せてもらったところ、アニメーション『新世紀エヴァンゲリオン』の専門店のようなところがあって、入り口にはキャラクターやロゴマークが見える。確かに同作品の設定上、箱根は第3新東京市になっており、それが今や町の観光産業にもつながっているようだ。アニメ聖地巡礼という言葉があるだけに、納得できることである。

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2013年12月、京都国際マンガミュージアムで発表中のガン・ショウフイさん(手前)

ガンさんが、そのような状況に興味を示していたのは、現在教鞭を執っている大学の授業のためということもあって、学生たちと一緒に行う日本へのフィールドトリップのプランがあるらしい。という訳で彼女の訪日は、東京のみにとどまらず、京都も主な日程に入っていた。しかも京都国際マンガミュージアムで開催されるシンポジウム「アニメ研究の今」に登壇し発表を予定している多忙なものであった。残念ながら筆者は出席できず詳細までは分からないが、「アニメの作者論―『NARUTO』を例に」という発表の題名から推測すると、最新刊Manga’s Cultural Crossroads (Routledge, 2013)掲載の彼女の論文と関連しているかもしれない。


アニメーションを通して知のネットワークを夢見る

ガンさんとの会話から分かったのだが、東南アジア地域ではスタジオジブリ以外の日本アニメーションは映画館でほとんど見られず知られず、という状況の中、昨年2013年は電通など数社による主催でアニメフェスティバルアジア(AFA:http://www.animefestival.asia/)がシンガポールを中心に開催されたこともあり、今後は日本アニメーションの認知度が高まっていく様子である。

一方、シンガポールの大学では学部レベルの教育がメーンになっているらしい。修士以上の過程は外国の大学に進学することが多いためだそうだ。学生たちの視野が国際社会を前提にしているわけだが、そういえば、筆者がアジア担当編集者として関わっているイギリス発行のアニメーション学術誌にはアジア系の研究者たちから多数の論文が寄せられている。特に日本アニメーションに関しては中国系投稿者が多いのは個人的に興味深い。

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ガン・ショウフイさん(前列、右から二番目)とシンガポール国立大学で日本映画・アニメの講義を受講する学生たち

以上から気になることは、アジアにおけるアニメーション研究ネットワークの可能性である。そんな中で、アジアの研究者たちによる日本アニメーションの研究書Japanese Animation: East Asian Perspectivesが昨年ミシシッピ大学出版局から出たのは、特筆すべき成果かもしれない。かつて17世紀以来欧米の学者たちが築いたようなリパブリック・オブ・レターズ、つまり「文通による知の共和国」がトランスナショナルなレベルでアジアにも到来するかどうか、という問いを投げかけることで本レポートの最終回を締めくくりたい。

キム・ジュニアン(アニメーション研究者)