従来までの地域との関わり方

これまでのYCAMは、メディアアートという「新しいアートを生み出す文化施設」として全国的に注目を浴びるべくブランディングを展開しプレゼンスを高めてきたが、もちろん一方で、山口市民との関係も地道に構築してきた。2014年2月には開館以来来場者数が800万人を超えるなど、市民の多くが訪れ、図書館やギャラリーで新しい文化・芸術に触れる機会を提供している。メディアアートという新しい表現ジャンルを専門とすることから、教育普及活動にも力を入れてきたし、芸術という一つのジャンルに限定することなく、「メディアという新しいツールが社会にとってどのように機能するか」といった視点で独自の教育ツールを開発してきたのは、前編で述べた通りである。
関係作りの場はYCAMに訪れた館内の利用者だけではなく、いわゆる「アウトリーチ」と呼ばれる地域への展開も同時に拡げられてきた。具体的には市内の学校などで出張ワークショップを実施したり、YCAM開館10周年記念事業では坂本龍一氏のディレクションによる「Life by Media」と呼ばれる公募企画で、コンペに勝ち残ったアーティストとともに、地域の商店街と連携しアートプロジェクトを展開した。これらの活動はもちろん意義深い活動ではあるが、同時に他のどのミュージアムでも行ってきているベーシックな活動であるともいえる。
個別の事業において、実際の利用者のみならず、行政や助成金を拠出してくれる各種省庁や基金などとのやり取りからも、地域との関わりが重点的に期待されていることは強く感じる。助成金の申請/報告の企画提案の中でも、地域との関わりがどのようなものであるかを説明する機会は多い。ただし「地域との関わりを増やす」と一口に言ったところで、出張ワークショップや街中での事業をどれだけ増やしていっても、その先は想像できる範囲に留まるのではないかという不安は感じていた。そこで、もう少し多様な切り口で地域と関わることができないかとも考えるのである。

「meet the artist」という長期ワークショッププログラム

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meet the artistでのワークショップの様子

これまで活動してきた実績の中で、他の施設ではあまり見かけないパターンの一つの事例として、「meet the artist」という事業を紹介したい。「meet the artist」というのは1年間かけて「市民コラボレーター」と呼ばれる参加者とアーティストとが、一つの成果に向かってじっくりと膝を突き合わせながら運営していく長期ワークショッププログラムの名称である。アーティストの月一回程度の訪問にあわせてミーティングやイベントをコラボレーター自身の手で企画・運営し、これまで展覧会や映像祭、ラジオ放送や演劇上演、書籍の制作販売といった最終的な成果に向けて、参加者全員が一体となって活動してきた。この事業ではアート活動にじっくりと関わりたい、メディアとの付き合い方を理解したいといった市民が参加し、YCAMのコンセプトを深く、丁寧に理解し、彼ら自身の生活の場に戻っても口コミで評判を拡散してくれた、という側面もある。

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書籍作りの作業の様子

メディアのジャンル、アーティストの幅のバリエーションを確保するために、YCAMの事業単位としては1年ごとにプロジェクトを参集・解散しているが、参加者らのその後の活動を見ていると、単なる1年のイベントとして終わるだけではないようである。参加者は、「meet the artist」で得た知見を別の市民活動等の場へと展開し、各々の活動の広報や内部でのコミュニケーションにおいてメディアを応用している。チラシやミニコミ誌の作り方、動画共有サイト等を使った広報コミュニケーションの方法など、「自分たちの手で使いこなすメディア」を獲得しているようだ。また、個人としてもアートについて改めて興味が湧き、通信教育や放送大学を通じて美術史や世界史を深く学び始める人が生まれたりしている。中にはこのプログラムに参加するために市外から山口市へ引っ越してきた方までいる。

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作成された書籍「ヨロボン」

プロジェクトの参加者が、学んだ知見を己の中へ仕舞い込まず、社会の中で具体的な次の一歩へつなげたり、腰を上げて行動を起こし始める、という点が注目されており、文化施設での教育事業というのが1つの社会的な投資であるなら、その効果が具体的な形で現れるのを見逃す手はない。超短期的な、資格取得や就職率の数値を競うような性質の教育ではないことは言わずもがなであるが、文化施設による教育普及の成果として、地域の人々の意識が少しずつ変化しつつあることは評価すべきである。


メディアという特性を活かして地域に貢献する

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The EyeWriterの展示の様子

あらかじめ断っておくが、筆者自身は「○○のためのアート」という言葉をあまり信じることが出来ない。アートはアートそれ自体が目的として自立できる知的活動であるという側面を忘れたくない。「何かの役に立つこと」がアートの成立条件になることは、アーティストの制作衝動に則しているとは言い難いし、過去の歴史を踏まえた上でもある種の危険を孕むと考える。 そのことを断った上で、この稿ではYCAMが今後、地域に貢献するストーリーについて想像してみたい。YCAMが取り組んでいる「メディア」というテーマであるが、これはあらゆる分野と結びつく特徴を持っている。Mediumという言葉そのものが、AとBを結びつける、という使命を背負っている訳であるが、これまでのYCAMは、メディアアートと呼ばれる表現ジャンルと強く結びつき、現代における表現の幅を、メディアの力を応用しつつ拡張することを担ってきた。

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The EyeWriterを発展させる形で、開発したワークショップバージョン

しかし、これまでも単に表現のためだけにメディア活用してきただけではなく、例えば教育普及活動の中で、メディア的な思考の作法を応用したワークショップを開発する例に始まり、視線による描画装置“The Eye Writer”(YCAM InterLab EyeWriter 2.0 のつくりかた)のように医療分野と結びつけて技術を開発した例や、DIYの祭典として開催した“MakerFaire”のようにモノづくりのコミュニティを拡張するためにメディアが寄与してきた例もある。

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世界最大のDIYの祭典”MakerFaire”を西日本初開催

「表現のため」に焦点を当ててきたこれまでの10年間の活動方針から、少しだけシフトチェンジし、メディアの応用の幅を拡げていくことに、筆者は今後のYCAMの可能性を感じている。もちろんこれまでの全てのYCAMの方針を転換する必要はない。先に述べたように、アートの存在意義を、「何かの役に立つための…」と矮小化せず、これからも未だ見ぬ新しい表現を追求する場としてのYCAMの機能は堅持すべきだが、そこで培われたメディア技術の応用方法や開発ノウハウについては、「メディアアート」にとどまらず、応用の幅を拡げて行く方が、地域にそして世界に豊かな文化を醸成することへ貢献できるのではないかと考えている。

表現や文化だけではない、メディア技術の展開

ここから先は個人的な希望として著すが、今後は例えば交通インフラの課題を解決するスマホアプリをYCAMが試作する、といった関わり方が想像可能だ。 路線バスのような公共交通機関をより便利に利用するため、GPS内蔵の携帯電話が果たせる役割は多い。地域住人だけが便利になるのではなく、観光客の利用も想定してデザインすることも可能なはずだ。日本においては「クルマ社会」となっている地方都市は多く、また高齢化と相まって運転の出来ない世代が増える状況は全国的な課題となりつつある。 YCAM InterLabの持つメディア開発のノウハウが、アート以外の場所へと拡張される可能性は充分に検討する意義がある。別の事例を考えてみよう。 山口市は中山間地域の面積比率が高いため、たとえば「林業×メディア」の組み合わせも有意義な展開だ。農業、酪農や漁業に比べるとメディア進出の遅れている林業という1次産業にYCAMが積極的にコミットすることで、日本の林業の新しいモデルケースが生み出せるかもしれない。近年の蓄電池の技術進化や耐候性のメディア機器の発達は、アウトドアでのメディア応用に対して強力な追い風となるはずである。山口で開発した事例が他都市で応用・展開されれば、アート以外の分野でも「山口」というブランドのプレゼンスを高めることが可能になる。

終わりに

近ごろは、メディアを用いる際には、メディアを中心にして周囲を巻き込むよりも、別の軸を中心としてメディアをうまく絡ませたり巻き込ませる方が成功するのではないかと感じることが多い。地域の中の課題を解決するにしても、課題の中心軸を外したり、射程を間違えてしまうと、応用の利かない特殊解のような解決案しか提出できなくなってしまう。「応用の可能性」を踏まえた上で課題をうまく設定することで、応用幅の広いメディア活用方法が、別の地域へも含めて提案できるのではないかと考えるのである。

 近い将来、地元のおじいさんが「アートや文化には興味がないけれど、(YCAMプロデュースのメディアツールによって)ちょっと生活が便利になったな」と言ってもらえれば嬉しい。山口という街を、これからのメディアセンターの更なる新しいビジョンが生まれてくる土地にしたい。

会田大也(山口情報芸術センター[YCAM] 主任エデュケーター)